【インタビュー】鮒鶴に新しくやってきた伝統工芸「小嶋商店」の「提灯」、10代目が語る
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日本や京都にある受け継がれてきた伝統を伝えていく施設でありたいという想いから
京都・東福寺のすぐ近くに、江戸時代から200年以上も続く「小嶋商店」様で鮒鶴のエントランスに飾る「提灯」を手掛けて頂きました。
寛政年間(1789年)の創業以来、京都の地で代々提灯づくりを受け継いできた小嶋商店。現在、その伝統の技は国内に留まらず、海外の世界的ブランドからも熱い視線を集めています。
今回は、10代目である小嶋諒さんに、お店の意外なルーツや、時代に逆行してでも守り抜いた独自の製法、そして現代における新たな挑戦について伺いましたので、ご紹介させて頂きます。

■曲げわっぱ職人の気遣いから生まれた提灯づくり
ーー小嶋商店の歴史について教えてください。
小嶋商店は、寛政年間である1789年を創業の年としています。
当時の初代は、最初から提灯を作っていたわけではなく、曲げわっぱなどを作る「木を曲げる職人」でした。「木を曲げる技術で何かできないか」と考え、当時普及し始めていた提灯の骨組み作りに携わったのが小嶋商店の始まりです。その後、5代目・6代目の頃に経営の危機があったそうですが、7代目の曾祖父が立て直し、現在へと繋がっています。

■大量生産の時代に苦闘しながらも守り抜いた「強靭な製法」
ーー小嶋商店が大切にしている伝統的な製法の特徴は何でしょうか?
現在、世の中の提灯の90%から95%は「巻き骨式」と呼ばれる、らせん状に骨組みを巻く製法で作られています。しかし私たちは、竹を割るところから始め、独立した輪っかを1本ずつ作り、それを糸でくくっていくという独自の製法を守り続けています。
この製法の利点は、割った竹を使うため骨と和紙の接着面が広く取れ、分厚い和紙をしっかりと張ることができる点です。さらに糸でくくっているため非常に強度が高く、150cmを超えるような大きな提灯になると、私たちの製法でないと形状を保つことができません。
ーー主流の「巻き骨式」と比べて、ご苦労はありますか?
巻き骨式は竹割りや骨の寸法切りといった工程が不要なため、私たちが1個作る間に4個から5個も作れてしまうほど大量生産に向いています。
昭和の大量生産・大量消費の時代には、そうした巻き骨式やビニール製の提灯に大きく押されてしまいました。当時、数を求められながらも値段を叩かれるという状況が続き、非常に苦しい時期を過ごしました。

■家族の姿を見て家業へ。そして新たなブランドの立ち上げ
ーーそんな厳しい時代を経て、家業を引き継がれた当時の思いを教えてください。
17、18年ほど前のことですが、両親や兄が本当に大変そうに働いているのを見て、「家族である自分たちしかやる人間はいない」と思い、手伝い始めました。当初はひたすら製造ばかりの毎日でしたね。
転機となったのは約10年前です。手伝い始めて6、7年経った頃、一緒に働いていた兄が「新しい動きをしたい」とブランドを立ち上げました。兄弟で新しい取り組みを始めたことで、様々な職人さんやデザイナーさんから声をかけていただけるようになり、出会いがどんどんと広がっていきました。

■Supremeからの「最大数」の依頼。世界から選ばれる理由
ーー現在、様々なブランドから声がかかっていますが、選ばれる理由は何だと感じていますか?
まず、提灯は「誰もが知っているけれど、持っている人は少ない」という面白さがあると思います。また、私たちの提灯は竹や和紙、小麦でんぷんの糊などを使用しており、その自然素材(オーガニック)な点が今の時代に合っていると言われます。さらに、長く続けている「歴史」の部分は、特に海外の方から「素晴らしい」と高く評価していただいています。
そして何より、私たちは「どんな仕事もなるべく断らない」ことを心がけています。納期の厳しい依頼や難しい形の要望であっても、「ここまでならできます」と逆に提案し、なんとか実現できるようにしています。
ーー印象に残っているお仕事はありますか?
ファッションブランドの「Supreme(シュプリーム)」さんとのコラボレーションですね。「お前らができる最大の数を教えてくれ」と言われ、かつて作ったことのない1250個もの提灯の依頼を受けました。
どうなることかと思いましたが、家族や職人総出で毎日同じものを作り続け、大きな挑戦として記憶に残っています。

ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
いただいた依頼を可能にしていく過程で、提灯の技術を使って新しいものが生まれても良いと思っています。もちろん今の製法と提灯は残したいですが、時代と共に変わっていくことにも対応できる柔軟な気持ちで仕事をしていきたいです。
私には今2人の息子がいます。将来、絶対に継いでほしいとまでは思いませんが、自分が楽しく仕事をしている姿を見せて、自然と一緒にやってくれるようになったら嬉しいですね。良い形で次世代へバトンタッチできるよう、これからも頑張ります。

【インタビュー後記】
時代を経て残っていくということは、「変化していくことを恐れない」ことと「こだわっても守りぬく」ものがあるということなのだと改めて感じました。
飾り気のない言葉でインタビューに答えてくださる10代目・諒さんの姿からは、世界的ブランドからの評価を鼻にかけることなく、家族で想いを込めて作ってきたものが世間に認められていることが単純に嬉しいという、純粋な思いを感じました。
鮒鶴のエントランスで柔らかく暖かい光を灯していますので、みなさま是非見に来てください。
